渚沙 「そこそこ! そこがいいの!」
涼太 「……ここがいいのか?」
渚沙 「そう! そこサイコー!」
人気のない放課後の図書室に淫ら……もとい、元気な声が響いた。
渚沙は、俺の手にしているラノベのページを指差して興奮している。
渚沙 「そのシーン、あたし好きなのよ~。何回繰り返し読んだことか」
渚沙 「だからリョータにも読ませてあげたくて」
涼太 「なるほど……」
人気のない放課後の図書館で二人きりですることとは、ラノベを一緒に読むことだったらしい。
涼太 「俺の純情を返せと、暴れてもいいかな?」
渚沙 「純情? なんの話よ?」
渚沙 「それよりほら、ページめくってよ。次もいいんだから」
俺の純情はあっさりと無視された。
涼太 「渚沙、ホントにラノベ好きだな」
渚沙 「なによ今さら。三度の飯よりラノベ好きよ、文句ある?」
涼太 「今さらないけどさ」
渚沙 「だいたい、あたしがラノベにはまったのはリョータのせいなんだからね」
涼太 「は?」
初耳だ。俺は知らないうちに渚沙をラノベ好きにしていたらしい。
涼太 「心当たりがないんだけど?」
渚沙 「やっぱ、覚えてないわよね」
渚沙 「あたしがラノベというか、本にはまったきっかけは……リョータと、りんかなのよ」
涼太 「……え?」
渚沙の話に、ズキン、と頭の奥が痛んだ気がした。
渚沙 「あたしも、つい最近思い出したのよね。……たぶん、りんか絡みの記憶だから“にっきけしごむ”で忘れてたんだと思う」
涼太 「“にっきけしごむ”で消されてた記憶……」
渚沙 「うん……。小さい頃、あたし、りんかと大ゲンカしたことあるのよ……」
渚沙 「そのケンカはね、どっちもどっちとかじゃなくて……明らかにあたしが悪かった。当時のあたしも、それはちゃんとわかってた」
渚沙 「……だけど、あたしは逃げたの」
涼太 「渚沙……」
渚沙 「怖かったんだわ。自分の非を認めることも……そして、りんかに嫌いって面と向かって言われるかもしれない、ってことも」
涼太 「……あ」
小さい渚沙が、自分の家の押し入れの奥でうずくまっている光景が、パッと頭の中に思い起こされた。
そして、そこからは、すべての記憶が芋づる式に思い出されていった。
涼太 「いた。……渚沙、こんなところに」
渚沙 「ぐずっ。……リョータぁ」
涼太 「そんなところで、なにやってるんだよ」
渚沙 「リョ、リョータこそ、なにしてるの。今日はりんかと、遊ぶ約束だったでしょ?」
涼太 「りんかと、渚沙と……遊ぶ約束な」
渚沙 「そ、それは……」
涼太 「ケンカしたんだろ? 聞いてるぞ」
渚沙 「ううぅ~~。……ヤダ!!」
涼太 「ヤダって……おれ、まだなにも言ってないぞ?」
渚沙 「ヤダヤダヤダ!! あたし、外出ない! もう一生ここで暮らすもん!」
涼太 「そっか……」
涼太 「それなら、やっぱりこれ、持ってきてセイカイだった」
渚沙 「え……?」
渚沙 「なに、これ……。本?」
涼太 「ずっとここで暮らすなら、つまんないだろ? これ読めば、少しは面白くなるんじゃないか?」
渚沙 「うへ~。リョータ、これ、文字ばっかり……」
涼太 「そっちの方が、たくさん時間が使えるだろ?」
渚沙 「そ、そうかもしれないけどぉ……」
涼太 「渚沙は、ここでずっと本を読んで暮らしててもいいぞ」
渚沙 「えぇ……?」
涼太 「渚沙がつまんなくないように、おれが毎日、本を届けてやる」
渚沙 「文字ばっかりのやつ……?」
涼太 「文字ばっかりのやつ」
渚沙 「うぇ~」
涼太 「だけど、渚沙が行けるなら、一緒にりんかのところ……行こう。おれが、付いていってやるから」
渚沙 「うっ。……ううぅ~~」
涼太 「そうだ。渚沙が不安なら、おれが魔法をかけてやる」
渚沙 「ま、魔法……?」
涼太 「ああ。とっておきの魔法だ」
渚沙 「あ……」
涼太 「この間、みんなで名前をつけた“こころえのぐ”だ。渚沙にかけたんだけど、どうだ?」
渚沙 「う、うん……。なんか、ちょっとだけ、楽になった」
渚沙 「ありがと、リョータ」
渚沙 「凄いね、これ。……きっと、勇気の出る魔法なのね」
涼太 「……勇気、出たのか?」
渚沙 「う、うん……。まだ、怖いけど。リョータが、一緒に来てくれるなら……りんかのところ、行く」
涼太 「そうか。なら行こう! ほら、いつまでも座り込んでないで、おれの手を掴め!」
渚沙 「リョータ? ……どうしちゃったの? 突然黙り込んで」
涼太 「あ、ああ……。いや、その記憶、俺も思い出した」
渚沙 「……え?」
涼太 「渚沙の気持ちを落ち着けるために“こころえのぐ”を使うのは、ずっと昔にもう、やってたんだな」
渚沙 「あっ……。じゃ、じゃあ、リョータも?」
涼太 「ああ、思い出した。そっか、それじゃあ渚沙が本を読むようになったのって、あのときから……」
渚沙 「う、うん……。りんかは、謝ったらちゃんと許してくれて、小っちゃいあたしが心配してたようなことには、ならなかったわ」
渚沙 「それでそのあと、せっかくリョータが持ってきてくれたんだからって、あのときの本を読み始めたの」
涼太 「実は俺……自分が持って行った本の内容、知らないんだけど……」
渚沙 「知ってるわよ、そんなこと……。公民館にあった本を、勝手に持ってきたんでしょ」
涼太 「そ、そうでしたっけ……?」
やばい。そこらへんの記憶はまったくない。
渚沙 「読み終わったあと、あたしがちゃんと自分で返しに行ったんだから」
涼太 「ス、スミマセン……」
渚沙 「まあ、それはいいんだけどね、本当に」
渚沙 「あのときの本、小説とは言っても子供向けの本でね? 異世界を旅するファンタジーだったのよ」
涼太 「あっ……異世界ファンタジー」
渚沙が頻繁に読んでいるラノベのジャンルだ。
渚沙 「そうそう。それで、あたしはそういう本にはまっていったの」
渚沙 「物語を読むのって楽しいんだなって思って、あれ以来ファンタジーにはまったのよね」
渚沙 「そして、その数年後……あたしはラノベに出会うのよ!」
涼太 「……そうだったのか」
俺が適当に持って行った一冊が、渚沙の嗜好をここまで決定づけてしまったとは……。
運命とは恐ろしいものだ……。
渚沙 「というわけで、あたしがラノベ好きになったのはリョータの責任なのよ」
涼太 「なんでそんな嬉しそうなんだよ?」
渚沙 「なんでって……」
渚沙 「これってリョータ色に染まったってことじゃない?」
涼太 「………」
涼太 「……いや、なんか違わないか? 俺、別にラノベ好きじゃないしさ」
ラノベ好きは俺色じゃないと思う。一瞬、納得しそうになってしまったけど。
渚沙 「いいのよ、そんな細かいこと」
細かいだろうか? 渚沙が大雑把すぎるような……。
……まあ、渚沙が喜んでるならそれでいいか。
渚沙 「だからね、今度はあたしがラノベの素晴らしさをリョータに教えてあげたいのよね」
渚沙 「いわゆる逆輸入ってやつね」
涼太 「その言い方もなんかおかしい気がするけど……」
渚沙 「絶対面白いから! 試しに一度だけでも!」
渚沙 「あたしがオススメをピックアップしといてあげたから!」
ドンッ!と、目の前に山積みされるラノベ。
試しに一度だけ、と言っていっぺんにこの量を持ってくるあたりが、なんというか渚沙らしい。
涼太 「……これを全部読めと?」
渚沙 「あたしが好きなら、ラノベのことも好きになってくれるわよね?」
涼太 「そんなムチャクチャな……」
りんか 「え……好きって……」
涼太 「え……?」
渚沙 「り、りんか……?」
渚沙と二人、思わず固まる。どうしてりんかがここに……。
(to be continued…)